かつて、『ICO』というゲームがあった。
頭に角の生えた子供は、
古来よりの村の掟で、
ある城の生け贄として捧げられる。
イコは掟に従い、城に捧げられた生け贄。
しかし、彼は偶然にもそこで
一人の少女と出会う。
そして、ふたりは城からの脱出を試みる。
互いの手を、握りしめながら・・・
究極にせつないゲームであった『ICO』。
台詞をほとんど排し、共に城からの脱出を試みる少女との意思の疎通は
ただ、手を握ることのみ。
この設定がこのゲームの全てであり、素晴らしさであった。
『ICO』は世界的の評価され、今に至る。
その『ICO』の第2弾として制作され、
ついに日の目を見たのがこの『ワンダと巨像』。
そのファーストインプレッションを少々、語る。
『ICO』制作チームと言えば、まずはPS2のR1ボタン。
『ICO』ではこのボタンを押すことによって、
少女と手をつなぐことができる。
R1ボタンを押したまま、襲い来る敵と戦ったり、
高いところへ昇る際、上から手を引いてあげたりといった作業を行なう。
『ワンダと巨像』でもやはりR1ボタンは健在。
このボタンを押すことによって、ゲームは始まりを迎える。
舞台は“いにしえの地”。
主人公・ワンダは魂を失った少女を連れ、魂の集まる場所、
見晴し台に辿り着く。そこで彼は超常なる存在の声を耳にする。
「少女の魂を取り戻したくあるならば、
ここにある偶像を全て破壊して見せよ。
この偶像には対となる巨像があり、その巨像を倒せば、
偶像は破壊されるだろう」
ワンダは腰に提げた“いにしえの剣”を手にし、愛馬と共に大地を駆ける。
少女を救うために。
巨像を、倒すために。
こうして物語は始まるんだけれど、まずこの愛馬がいい。
馬に乗って大地を疾走している感覚になる。
馬から下りて走ってみると、後ろからついてくるし、
なんとも愛くるしく感じてしまう。
で、巨像を求めて大地を駆けるんだけれど、
巨像の位置は持っている剣を天に掲げて反射した太陽の光が集まるところ。
これも非常にわかりやすく、よくできてるなァと思った。
さてさて、そうこうしているうちに壁をよじ登っていくミッション発生。
これが結局はチュートリアルになって、
よじ登った先にはいよいよ巨像が。
重々しい地響き。
めくれ上がる地面。
大きな、足。
画面に入りきらない(TVが小さいわけではない)巨像の姿が目の前に現れる。
これが、感動。
なんともいえぬ感情がこみ上げた。
なんといってもでかい。
圧倒的に、でかい。
↑にあるパッケージを見ていただくとわかるかと思うのだが、
水色のシールの真横にいるのがワンダ。
その先、というかパッケージにドン、と構えているのが巨像。
あれを倒す、というのがこのゲームの目的である。
巨像は1体ではなく何体もいて、それを探しだし、倒していかなければならない。
巨像と遭遇すれば、急所をある方法で探し、
その急所めがけてよじ登っていく。
この際に、R1ボタンを使用する。
巨像にしがみつき、上に登っていくワンダの姿は、
せつなく、悲しい。
絶望感漂う戦いを強いられた姿が痛ましく思えてくるのだ。
この感情を揺さぶる何か、が『ICO』制作チームの特徴。
ソフト、ゲーム機、コントローラー、そして人間が織りなすクリアへ至る道筋に、
どうしても感情を揺さぶられる。
ドキドキ感は『ICO』では得られない興奮を与えてくれる。
手に汗握り、無我夢中でワンダを勝利へと導く。
倒したときに思わず「やった!」と声が出た。
ゲームをしていて久々に発した歓喜の声。
そして、倒れゆく巨像(CMでおなじみ)。
その姿もまた、悲しく、そして美しい。
はっきり言って、攻略本は不要。
とりあえずは、攻略法を知らずにクリアすることをオススメしたい。
自分で攻略法を発見し、戦い、そして勝つ。
そこで得られる興奮と達成感こそが、ゲームの素晴らしさなのだ、
と感じさせてくれる。
久しぶりに心からオススメしたい作品だ。
さ、また巨像探しに行こう。
ほんと、すごいゲームが誕生したなァ・・・
頭に角の生えた子供は、
古来よりの村の掟で、
ある城の生け贄として捧げられる。
イコは掟に従い、城に捧げられた生け贄。
しかし、彼は偶然にもそこで
一人の少女と出会う。
そして、ふたりは城からの脱出を試みる。
互いの手を、握りしめながら・・・
究極にせつないゲームであった『ICO』。
台詞をほとんど排し、共に城からの脱出を試みる少女との意思の疎通は
ただ、手を握ることのみ。
この設定がこのゲームの全てであり、素晴らしさであった。
『ICO』は世界的の評価され、今に至る。
その『ICO』の第2弾として制作され、
ついに日の目を見たのがこの『ワンダと巨像』。
そのファーストインプレッションを少々、語る。
『ICO』制作チームと言えば、まずはPS2のR1ボタン。
『ICO』ではこのボタンを押すことによって、
少女と手をつなぐことができる。
R1ボタンを押したまま、襲い来る敵と戦ったり、
高いところへ昇る際、上から手を引いてあげたりといった作業を行なう。
『ワンダと巨像』でもやはりR1ボタンは健在。
このボタンを押すことによって、ゲームは始まりを迎える。
舞台は“いにしえの地”。
主人公・ワンダは魂を失った少女を連れ、魂の集まる場所、
見晴し台に辿り着く。そこで彼は超常なる存在の声を耳にする。
「少女の魂を取り戻したくあるならば、
ここにある偶像を全て破壊して見せよ。
この偶像には対となる巨像があり、その巨像を倒せば、
偶像は破壊されるだろう」
ワンダは腰に提げた“いにしえの剣”を手にし、愛馬と共に大地を駆ける。
少女を救うために。
巨像を、倒すために。
こうして物語は始まるんだけれど、まずこの愛馬がいい。
馬に乗って大地を疾走している感覚になる。
馬から下りて走ってみると、後ろからついてくるし、
なんとも愛くるしく感じてしまう。
で、巨像を求めて大地を駆けるんだけれど、
巨像の位置は持っている剣を天に掲げて反射した太陽の光が集まるところ。
これも非常にわかりやすく、よくできてるなァと思った。
さてさて、そうこうしているうちに壁をよじ登っていくミッション発生。
これが結局はチュートリアルになって、
よじ登った先にはいよいよ巨像が。
重々しい地響き。
めくれ上がる地面。
大きな、足。
画面に入りきらない(TVが小さいわけではない)巨像の姿が目の前に現れる。
これが、感動。
なんともいえぬ感情がこみ上げた。
なんといってもでかい。
圧倒的に、でかい。
↑にあるパッケージを見ていただくとわかるかと思うのだが、
水色のシールの真横にいるのがワンダ。
その先、というかパッケージにドン、と構えているのが巨像。
あれを倒す、というのがこのゲームの目的である。
巨像は1体ではなく何体もいて、それを探しだし、倒していかなければならない。
巨像と遭遇すれば、急所をある方法で探し、
その急所めがけてよじ登っていく。
この際に、R1ボタンを使用する。
巨像にしがみつき、上に登っていくワンダの姿は、
せつなく、悲しい。
絶望感漂う戦いを強いられた姿が痛ましく思えてくるのだ。
この感情を揺さぶる何か、が『ICO』制作チームの特徴。
ソフト、ゲーム機、コントローラー、そして人間が織りなすクリアへ至る道筋に、
どうしても感情を揺さぶられる。
ドキドキ感は『ICO』では得られない興奮を与えてくれる。
手に汗握り、無我夢中でワンダを勝利へと導く。
倒したときに思わず「やった!」と声が出た。
ゲームをしていて久々に発した歓喜の声。
そして、倒れゆく巨像(CMでおなじみ)。
その姿もまた、悲しく、そして美しい。
はっきり言って、攻略本は不要。
とりあえずは、攻略法を知らずにクリアすることをオススメしたい。
自分で攻略法を発見し、戦い、そして勝つ。
そこで得られる興奮と達成感こそが、ゲームの素晴らしさなのだ、
と感じさせてくれる。
久しぶりに心からオススメしたい作品だ。
さ、また巨像探しに行こう。
ほんと、すごいゲームが誕生したなァ・・・
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